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山口地方裁判所 昭和52年(行ウ)7号 判決

原告 生田左多子

被告 山口保健所長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原告は「被告が十川静枝に対してなした別紙目録記載の許可処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因および被告の本案前の主張に対する反論として次のとおりのべた。

一  請求の原因

(一)  原告は山口県知事から昭和三六年一月二七日山口市白石二丁目二の二六番地(許可証上は山口市上宇野令二四六〇番地)所在の建物(登記簿上山口市白石二丁目二四六〇番地四家屋番号糸米三三番の二木造瓦葺平屋建一三三・五五平方メートル、以下本件建物という)における旅館業営業につき旅館業法第三条第一項により旅館営業の許可を受け、旅館白糸荘を営んでいた。その後原告は昭和四七年八月からアメリカ合衆国に赴いたが、その際同月一日実妹十川静枝に本件建物を賃貸するとともに右白糸荘の経営を依頼した。

(二)  ところが十川は、原告が前記旅館営業の廃業届もしないのに、同年九月自ら本件建物で「大淀」の名称で旅館業および飲食店業を営むため旅館営業許可および飲食店営業許可の申請をした。これに対して山口県知事は同年一〇月一九日旅館営業の許可処分を、被告は同月一四日別紙目録記載の許可処分(以下本件処分という)をそれぞれ同人になした。

(三)  被告は十川に対して本件処分をなしたならば山口県知事の十川に対する右旅館営業許可処分のあることと相俟つて原告において爾後本件建物で旅館営業が不能になることを十分知りながらその職務権限を濫用し原告の業務を妨害するため十川に不当悪質な指導を行い申請手続をとるよう勧めたうえ違法に本件処分をなしたものである。

(四)  よつて原告は被告がなした本件処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張はいずれも争う。

(一)  原告は自ら提起した山口地方裁判所昭和四九年(ワ)第五九号事件における同事件原告訴訟代理人満田清四郎から本件被告主張の十川に対する食品衛生許可証の写し(本件乙第六号証と同一物)を示されたことはない。原告は昭和五一年七月同事件の記録を閲覧してはじめて本件処分のなされていることを知り同月一〇日本件訴訟を提起したのであるから出訴期間の徒過はない。

(二)  被告は公衆衛生上支障がないから本件処分をなしたというが、本件処分は原告が本件建物において旅館営業および飲食店営業をするについての障害となり、原告の権利、利益の侵害、妨害となるから本件取消を請求するにつき原告にはその適格がある。現に原告は昭和五三年一月二四日被告に対し原告経営の旅館白糸荘につき飲食店営業の許可の申請をしたが被告はいまだに何らの処分もしないままである。これは十川に対する本件処分がなされている故に原告に対する処分が保留されていると考えるほかない。

第二  被告指定代理人は本案前の答弁として主文同旨の判決を、本案に対する答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の主張ならびに請求原因に対する認否として次のとおりのべた。

一  本件訴えは次の理由により不適法であるから却下さるべきである。

(一)  行政処分の取消訴訟の出訴期間は処分があつたことを知つた日から三箇月、処分の日から一年とされているところ(行政事件訴訟法第一四条)、原告は十川を被告として建物明渡請求事件(山口地方裁判所昭和四九年(ワ)第五九号)を提起し、その後弁護士満田清四郎を同訴訟代理人に選任してこれを追行させたものであるが、右代理人において昭和四九年一〇月二三日同事件の第五回口頭弁論期日に被告訴訟代理人が書証として提出した本件食品衛生許可証の「写し」(本件乙第六号証と同一物)を受領したから、原告はその際本件処分があつたことを知つたというべきであり、本件訴えの提起された日である昭和五一年七月一〇日は右知つた日より三箇月を経過した後である。また右提起の日は本件処分の日である昭和四七年一〇月一四日から一年以上を経過した後である。

(二)  本件処分は食品衛生法第二一条に基づく許可であるところ、同許可は公衆衛生の見地から一般的に禁止されている飲食店営業等に関し、当該施設を使用して飲食店営業をすることが公衆衛生上支障がないと認められる特定の場合にその禁止を解除し、その自由を回復せしめるにすぎないものである。十川に対する本件処分がなされたことによつて原告は何ら法律上保護された個別的具体的利益を侵害されることはなく、従つて原告には本件処分の取消しを求める訴えの原告適格がない(行政事件訴訟法第九条)。

二  請求原因事実中山口県知事および被告が原告主張の十川に対する各許可処分をそれぞれなしたことは認めるが、その余の事実は不知ないし争う。

第三  (証拠省略)

理由

一  まず原告適格について判断する。

(一)  被告が十川に対し本件処分をなしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第六号証によれば本件処分は食品衛生法第二一条による許可であることが認められる。同条による飲食店営業の許可処分は都道府県知事の権限に属するところ、成立に争いのない乙第五号証の二によれば山口県においては地方自治法第一五三条、同県事務委任規則第三一条十ホにより右知事の許可処分を保健所長に委任していることから被告が本件処分をしたことが認められる。

そこで本件処分の性質をみるに、飲食店営業は本来何人も自由にこれをなし得る性質のものであるところ、特に公衆衛生の見地からこれを一般的に禁止し、特定の施設を使用して飲食店営業をするに際し、山口県知事が公衆衛生上定めた基準に合致する場合にはその禁止を解除し、その自由を回復させるためになすところの許可処分と解せられる(食品衛生法第二〇条、第二一条参照)。

(二)  ところで原告は本件訴えの原告適格を有する事由として、第一に自らが旅館営業の許可を得ている同一施設に被告が十川のために飲食店営業の許可をなしたため、原告が本件建物において旅館営業をなすにつき障害を受けている旨を主張する。しかし、成立につき争いのない甲第一号証によれば、原告が山口県知事から主張のとおりの旅館営業許可を受けたことが認められるけれども、前項説示のとおり本件処分は本件建物内の施設が公衆衛生の見地から定めた基準に合致すると認めたうえで十川に対する飲食店営業の禁止を解除したにすぎないのであるから、十川に対し当該施設の排他的な使用権を賦与するものでないことは当然であつて、何ら原告の受けている旅館営業の許可に影響を及ぼすものではない。弁論の全趣旨によれば原告が現在本件建物において旅館営業をなしえないでいることが認められるけれども、これは一に十川が本件建物を占有使用していることによるものであつて、被告が本件処分をなしたことに基因するものではない。

(三)  次に原告は、十川に対する本件処分が存在するため原告が被告から飲食店営業の許可を受け得ないとして本件処分の取消を求めるにつき原告適格がある旨を主張する。成立に争いのない甲第一七号証の一によれば原告が昭和五三年一月二四日被告に対し旅館白糸荘につき飲食店営業の許可の申請をなしたことが認められ、これに対する処分が保留されていることは被告の明らかに争わないところである。しかしながら成立に争いのない甲第一一号証の二によれば飲食店営業につき同一施設に関して別個の者から二重に許可の申請があつた場合許可を与える権限を有する者は公衆衛生上支障がない以上いずれにも許可を与えるべきことがいわゆる行政解釈としてなされていることが認められ、かつ弁論の全趣旨に照らせば、被告もこれと同一の見解であることが推認され、十川に対する本件処分の存在の故に被告が原告の飲食店営業許可申請に対する処分を保留していると認めるに足りる証拠はない。

(四)  以上いずれの点よりしても原告は本件処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有するものとはいえず、他にこれを肯認するに足りる事実は認められないから、行政事件訴訟法第九条により本件訴えは不適法であることを免れない。

二  よつてその余の点を判断をするまでもなく原告の訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 横畠典夫 杉本順市 和田康則)

目録

食品衛生許可処分

営業種目    旅館

営業所の所在地 山口市白石二丁目二の二六番地

許可を受けた者 十川静枝

営業許可年月日 昭和四七年一〇月一四日

(有効期限 昭和四九年一〇月三一日限り)

指令番号    指令山保第五一五の二九号

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